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web製作現場はGoogleの術中にはまっていく

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  • 2007年6月6日 10:53 AM
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私の仕事はwebキャンペーンのコンテンツ制作と配信が主だが、クライアントの要望も日に日に高まっており、業務範囲が拡大しつつある。その中でもアクセスログの解析について、クライアントの意識の高まりを強く感じる。単純な生ログであれば既存の集計システムがあるのだが、リファラーやSEOについてのデータを求められると外部の集計サービスを利用せざるを得ない。そんなときは、いくつかの著名なログASPサービスを紹介していた。
しかし、ここ最近、「Google Analyticsでいいよ」という台詞を現場でよく聞くようになった。一昔前であればGoogleにデータを取られることを良しとしない企業がほとんどであったが、最近は抵抗感がない。あたかも電話会社に通信内容や利用履歴が取られているのは当然のことのような感覚だ。
実際に家電、自動車メーカーのプロモーションサイトにはソースを除くとGoogle Anlyticsのタグが良く見受けられる。
この辺の理由を広告代理店や製作会社の方に聞いてみたところ以下のような内容であった。
・Googleにデータを取られても実害がない
・Google Anlyticsは機能としてはトラッキングツールの中でも最高峰。
・無料であることのメリット
これらの意見は驚くに値しないことかもしれない。Google Anlyticsは機能、性能ともに優れている。何より、Gmailでアカウント管理が共有できるので非常に管理しやすい。いくつかの会社をまたぐプロジェクトでもGmailが当たり前のように使われている。Googleグループを使えばプロジェクト管理も容易だ。WebプロジェクトではGoogleアカウントは欠かせないものになるのではないだろうか?
現場のツールのして優れているゆえに利用が増えて、更にGoogleが取得するデータが増え整理されていく。データを取得する場としてBtoBに触手を伸ばしていくのはGoogle独特だろう。
そして先日発表された以下の記事。
Google、RSS管理サービスのFeedBurnerを買収

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0706/02/news003.html

FeedもGoogleアカウントで管理できるようになるのだろうな。そしてFeedのトラッキング、最適化、そして広告配信は今後のWebプロジェクトで必要とされていくものだ。ますますGoogleアカウントを使わざるを得ない状況になっていく。

“自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ”

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  • 2007年5月16日 9:10 PM
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リクルートのDNAを読了。

リクルートのDNA―起業家精神とは何か
江副 浩正
角川書店 (2007/03)
売り上げランキング: 402

ベンチャー企業の走りのような存在であるリクルート。同社の企業から成長の過程をエピソードを交えながらベンチャーマインドを語っている。そういった過程の中で出てくる数々の成長ストーリーに非常に感銘を受ける。個人の成長、組織の成長、会社の成長然りだ。それは今あるベンチャー企業の成長ストーリーと重なるものがある。
私はリクルートの過去の社訓であるこの言葉、
“自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ”
がそういった成長の源泉になっていたのだと思う。これほどベンチャーマインドのエッセンスを凝縮した言葉があるだろうか?
私がこの言葉に出会ったのはIT業界に飛び込んでからのこと。知ったきっかけもまことに不純なもので、自分の意見がなかなか通らない状況に業を煮やして、上司にリクルート出身者が多いことに着目してリクルート関連の本を読み漁ってのこと。だが、そのことで自分の行っていることが相手に伝わっているのか、伝える為に何か行動したのかなど、自身を振り返るきっかけになった。それまでは大きな壁にぶつかるたびに、つい環境や周りのせいにしてしまっていた。機会すら作れていなかった自分の愚かさに気づかされた。
以来、聞かれることはめったにないのだが、座右の銘を問われれば“自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ”を挙げている。あのころと比べて少しは変われただろうか?
この言葉に共感する経営者も結構いるようだ。
リクルートのOBたちはもちろんそうでない人にも浸透しているようだ。
たとえばECナビなどは採用ページTOPのFlashにこの言葉が大きく表示される。
http://company.ecnavi.jp/recruit/fresh2006/
こんなにも多くの人たちに指示されているのは成長の本質を突いているからだと思う。

自分を成長させていく人のスタンス

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  • 2007年4月9日 2:14 AM
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4月は会社組織の中では移動が多い時期。そして1年間の評価が告げられ時期でもある。何年か前からこの時期になると感じることがある。
「成長する人には共通した仕事のスタンスがある」ということ。
結論から言ってしまうと仕事を引き継げる人は成長が早い。言い換えるとポジションに固執しない人とも言える。
会社によって大小はあれど、評価されやすい仕事や担当というものは確実に存在する。特に営業職は大きなポテンシャルを持つ顧客自体が担当の代名詞となる。○○担当の▲▲さんと言った具合に。
そういった花形顧客を担当する人は能力が高いゆえに任される。もしくは自らの努力を重ねて花形顧客を獲得した人だ。それ故にそうした特定銘柄とも言うべき顧客は長期にわたって同じ営業が担当することが多い。ポテンシャルを充分に引き出すには時間もかかるし、顧客との関係を良好にしていくには同じ営業マンが担当していた方が都合が良いだろう。
だがそれがあまりに長期にわたると必ずしも良い状態とは言えない状況に成りがちだ。銘柄の評価の高さ故に顧客やノウハウを抱え込み、ある時点から成長が止まってしまう。そしてそのことに気付けない。
成長を重ねていく人にはそういった執着がない。担当した顧客から一定の成果を出すと頓着なく仕事を引継いでしまう。大きな商談が決まり、これから成果が現れると言うときにでも、特に自分がいないことで影響がなければ他人に引継ぐことを厭わないのだ。
単純に早く引継げば良いという訳ではない。そもそも仕事が乱雑であれば意味がない。だが彼らからの引継ぎは総じてスムーズに行く。なぜなら彼らはそこで得たノウハウを引継いで平準化することを想定して仕事をしている。そして引継いだ後、自分はより難易度の高い仕事に取り組む。
このやり方は短期的には評価されにくい。成果ごと仕事を引継いだ人が評価され、新しい仕事はマイナス評価になることもしばしば見受けられた。若い時分は組織のこうした矛盾に大いに憤ったものだが、こうしたことを意に介さずに、ひたすら貪欲に成長を続ける人を間近に見てきてある時から考えが変わっていった。
短期的には評価されなくとも、ある程度の時間を経ると供に、彼らの能力は得難いものに昇華されている。そしてその人の周囲にいた人間にノウハウを効果的に伝えていく。“役割が人を成長させる”、“仕事の報酬は仕事”を地で醸成していくのだ。
私が幸運だったことは身近な上司や同僚にこうした尊敬すべき人々が多くいたことだ。本当にありがたく思う。
仕事のスタンスには人それぞれの見解があり、一概にこれが正しいとは言い切れない。
また、職場や職種においてはひとつの事を極めるというやり方が正しいときもある。専門資格や技術職などは、職人というべき固執が必要だ。
だが組織、ことベンチャーでは環境変化のスピードが速い。一所に留まっていては知らず知らずに自分を甘やかしてしまう。自らの成長を望むのであれば一つの成果に固執するのではなく、変化を求めていくことが重要だと思う。

テレビ側の認識

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  • 2007年4月4日 11:49 AM
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フジテレビの新メディア戦略
(1)テレビとネットはそもそも融合しないのではないか?

う~ん。テレビの中枢にいる人の意識って、良くも悪くもあまり変わっていないように思う。

「インターネットはインフラであり、コンテンツそのものは変わらない。たとえば、GYAOはネット上で映画を配信しているが、テレビであれ、映画館であれ、ネットであれ、映画は映画ということになる」

ニコニコ動画とかおそらく知らないのだろうなあ。コンテンツ崇拝は既存メディアの人々に多い考え方だが、現状ではコンテンツそのものは素材でしかない。もちろん、コンテンツそのもののパワーは健在であるがネット上ではコンテンツをフックにしたコミュニケーションの方が重要ではないだろうか?
コメント全体的にライブドアvsフジテレビの時とほとんど見解が変わっていない感じ。
しかしながら、「放送と通信の融合という論議では、インターネット事業者がテレビのコンテンツをどう利用できるか、ということが主として語られ、テレビ側の視点はあまりなかった」という点は同意。ネット側も不勉強なゆえに彼らが魅力に感じるビジネススキームを提示できなかったことは否めない。不勉強はお互い様だ。だがネットのコンテンツ利用に関してのビジネスモデルは多様性を増しており、現時点で単純な課金型ビジネスモデルがベストの方法とはいえなくなっている。その辺を理解している雰囲気はインタビューからは見受けられない。
こと事業性を考えるのであればテレビ側のスタンスは間違っているとも言い切れない。既存ビジネスを死守した方が得られる利益は大きいだろう。現時点では。
インタビューに出ている吉田氏はむしろ、インターネット寄りと言っても良いかもしれない。
でも個人的には大きなイノベーションが起きるお膳立てはもう整っており、状況から考えるとちょっと暢気すぎるように思えてしまう。
これもネット側の意見なんでしょうが。

Flashアプリケーションの時代

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  • 2007年4月2日 1:59 AM
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ちょっと古いけど、3月22日のはてな技術発表会日記をみて思ったこと。
今までどちらかというとWebアプリケーションにFlashを使用することは、はてなのような開発会社が利用することは少なかったと思う。それがここへ来て開発力を持つと言われている会社がこぞってFlashへの興味を明らかにしている。エンジニア個人としても高い関心を示しているようだ。
Flex2,ActionScript3.0が優れている9の理由とAjaxとの差([Z]ZAPAブロ~グ2.0)
もしかしてAdobeの時代が来るのか?([Z]ZAPAブロ~グ2.0)
Flashが熱い(suadd blog)
こうした状況はリッチコンテンツを飯の種としてきた自分からすると、非常に歓迎すべきこと。
Flashを得意としてきたプレイヤーはどちらかというとデザインよりの製作会社が多く、表現方法を追求したコンテンツを多く生み出していった。だが、3年ほど前からRIA(Rich Internet Aplication)の研究は徐々に始まっており、いくつかの事例は世の中に出ていた。例えば以下のサイト。
オリックスVIP LOAN CARD口座開設
ジョインベスト証券口座開設
ANAクイック予約
この辺りの事例はそれほど注目されていない。昔からあるFlashは重い、うざい等の刷り込みがWeb関係者の中にあったことが大きいように思う。しかしながら、そういったイメージの反面、オリックスクレジットなどは以前より効果を挙げている。
今後、優秀な開発会社、エンジニアがこの分野に目を向けてくれることにより、近年で大きな発展を遂げることが期待できる。
現状の事例はjavaやphp、jsp、aspなどで作られているWebシステムとFlashを連携させることでできているがFlexを利用したWebサービスが出てくることも期待したい。知っている限り、国内ではひまわり証券しかなかったと思う。
Flashアプリケーションが注目されつつある背景には、動画投稿でFLVが多く使われ始めたことと無関係ではない。Flashを使ったマッシュアップはこれで促進された。Webアプリケーションへ波及するのは自然の流れだろう。
思うにFlashという技術は今後、Webの中ではかなり重要な地位を占めるのではないだろうか?
GoogleはブラウザによるMSの支配を“あちら側”の検索を中心としたWebアプリケーションで崩壊させたが、FlashはそうしたWebアプリケーションの根幹を支配しうる。多くのプラットフォームがFlash上で行われるFlashアプリケーションの時代になるかもしれない。

真似することは悪いことじゃない

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  • 2007年3月29日 9:29 PM
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今日、移動中の地下鉄でつり革につかまった私の前にスーツを着た若い営業マンらしき二人がなにやら口論をしていた。聞くつもりはなかったが正面なのでいやでも耳に入ってくる。
「だから、お前の話の進め方はまとまりがないんだよ。話が分散しすぎている。もう少し教わった順序で丁寧に進めたほうがいいいぞ。」
「いや、僕はそうは思いません。人の真似はしたくないんです。僕なりにがんばります。」
電車の中なので二人とも声のトーンを落としてはいたものの、強い口調が周りの注目を集めた。
「それでいいのか?・・・・・」
最後にそうつぶやいた一人が正面を向いてそのまま黙ってしまった。
二人とも20代中ごろから後半に見える。口ぶりからすると上司と部下というわけでもなく先輩後輩の関係らしい。どうやら事前にあった商談について先輩が悪いところを指摘して後輩がそれを聞き入れないという構図の様だ。
二人のやり取りを見て10年前を思い出していた。じつは私も後輩が言った「人の真似をしたくない」というセリフをほぼ同じシチュエーションで言ったことがある。
当時の私は食品会社の営業2年目だった。成績はコンスタントに上位に入っており、自分の営業に少なからず自信を持っていた。ほとんどの営業マンよりも実力は上だと思っていたし、その実力は持って生まれた自分の才能と認識していた。端的に言うと勘違いも甚だしいが天狗になっていた。
そんなあるとき、アカウントの引継ぎを受けることになり、2つ年上の先輩と同行することになった。その先輩は私も一目をおいている人で営業成績は私以上に良く、見るからにできる人だった。その人とははじめての同行だったので自ずと私のテンションも上がり、いい所を見せてやろうと意気込んでいた。引継ぎを受けた後、自分の顧客に商談があるので、その先輩も一緒について行ってもらうことにした。
引継ぎが終了後、場を変えて自分の顧客にいつもにも増して熱を入れてプレゼンテーションを行った。先輩は特に口を出すわけでもなく黙って話を聞いていた。商談は残念ながらまとまらなかったが、自分では次につながる状況に持ち込めたし、まあ次第点かなと思っていた。
帰り道、商談について先輩から指摘があった。最終的にクロージングはできなかったし、いくつかの指摘は受けるだろうが、総合的には悪くないはずだと高を括っていたが先輩の第一声は思いがけないものだった。
「お前のプレゼンはいつもああなの?全然駄目だな。」
「え、どこがですか?」
「ほとんど駄目だよ。お前、今まで何やってたの?」
その後、切々と私の駄目な点について理路整然と指摘を受けた。当時の会社では営業手法についての教育は力を入れており、その手法に照らし合せると私のプレゼンテーションはてんでなっていなかった。それもそのはず、我流を通していて成績も良かった故に会社の用意したマニュアルなどは完全に無視していた。
それらの指摘は的を得ていて内心、「まずいな。少しは勉強しておくべきだったか」と思ったが、そのまま認める気にはなれなかった。私にもそれまで上位の成績を出していた意地がある。つい反論をしてしまった。
「言っていることはわかりますが、私は人の真似なんかしたくないんです。マニュアルなんてオリジナリティがないじゃないですか。」
「お前は本当に薄っぺらいやつだな。だったら自分の手法をマニュアルと同じように理論立てて説明できるのか?ただ、行き当たりばったりで話しているだけだろ?だいたいオリジナリティなどは何かを極めた人が言えることだぞ。真似をしなくて済むような中身があるのか?お前の中は空っぽじゃないか。」
その後はボロボロだった。もう何も反論をできなかった。
マニュアル=真似=かっこ悪い というような子供っぽい価値観をもろくも崩され、ちっぽけなプライドはズタズタになった。今まで出してきた成果は単に運が良かっただけで自分が身に着けたことは何もない。悔しさと情けなさで涙があふれた。こんなはずではなかった。
苦い思い出だが、結果的にこの出来事は私の転機となった。一晩考えて、それならば説教をもらった先輩をすべて真似しようと心に決めた。翌日から徹底して時間があるときは彼に張り付いて質問をし続けた。マニュアルないし、その上にある彼のノウハウをひたすら学んだ。彼の口調からスーツの趣味まで似せる徹底振りだった。先輩にしてみたら、さぞ鬱陶しかっただろうが説教をした責任感からか根気強く面倒を見てもらった。いまでも感謝に絶えない。
実際にマニュアルを学んでみて、他人のノウハウを真似をする効果を実感した。真似をするということはノウハウを実に効率良くインプットできる。今まで見えていなかった物が見えてくる。この出来事で学んだことは私の行動原理に深く影響を与えた。
ちなみにその先輩は間もなく転勤、私は転職をすることになり、その後一緒に働くことはなかったが今でも連絡を取っている。彼は現在、異例の出世でグループ会社の取締役となっている。

szechwan restaurant 陳

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  • 2007年3月12日 1:38 AM
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szechwan restaurant 陳に行ってきました。
と言っても一週間前のことだけど。私は元来、辛いものが苦手なんだけど、ここの麻婆豆腐は無性に食べたくなるときがあって、先週が正にそれ。あの山椒のしびれる感じと豆鼓醤の独特の味が癖になるんだよな。
わりと周りにはここの中毒になっている人が多くてサラリーマンのランチとしてはちょっと高めだけど、平日の昼時に利用している人もいるみたい。私は土曜日にたまの贅沢と家族サービスも兼ねて妻とランチコースを頼んだ。
麻婆豆腐

いろいろコース料理もあったのだけど、とりあえず写真は麻婆豆腐だけ。しかも私の食いかけ。食べるのに夢中で写真がうまくとれなかった。
注文したのはチャイニーズパワーランチという5000円のコースだったけどちょっと量が多すぎかな。普通のランチコースでちょうどよいかもしれない。
お勧めです。

「ニコニコ動画がYoutube嫌われた本当の理由」の補足

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  • 2007年2月28日 12:47 PM
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前回のエントリーがはてブのホットエントリーに表示されていて凄まじいアクセスが来ている。普段、多くても100程度のアクセスしか集まらない零細ブログに何事が起きたのかと驚いたが、どうやらこちらのブログで取上げていただけたのがきっかけらしい。ありがたいことです。
実はこのブログを始めて今日がちょうど一年目になるのだが、一夜のうちに今まで集めた倍のアクセスが集まってしまった。
本当は「一年間ブログ続けて良かった」というような当たり障りのない、つまらないエントリーをする予定だった。だが良い機会なので自分の妄想を差し支えない範囲で公開してみようと思う。
その前に前回のエントリーについて不充分であった点についていくつか補足していきたい。
まず、Youtubeとニコニコ動画のランニングコストのソースをについてはメディアパブさんの記事を参照いただきたい。昨年6月で一月あたりの通信コストが日本円にして約1億2000万円である。当時から倍以上にトラフィックが増加していることを考えると当然、ランニングコストも2億円は下らないだろうというのが国内で動画配信に携わる関係者の一般的な見方となっている。極めてどんぶり勘定には違いないがYoutubeが情報を公開しない以上、こちらでお許しいただきたい。
そしてそのうちのニコニコ動画のコストが700万円以上というのもどんぶり勘定ではあるが算出ロジックを公開しておく。Youtubeの動画配信インフラはLimelightというCDN(Contents Delivery Network)事業者が担っている。CDNについてはこちらを参照していただきたい。
CDNの料金体系は通常の回線事業者と大きく異なり、回線の上限を設定せずに流れたデータ転送量に応じてコストを算出する。瞬間的なトラフィックが発生したときも比較的スムーズな配信ができるメリットがある。大規模な動画配信にはこうした事業者が黒子になっていることが多い。
で、ニコニコ動画だが、このサイトに取上げられていたコンテンツの平均的な尺、再生時間は3分程度だったと思う。Youtubeでは10分間までの再生時間が許されている。ニコニコ動画ではイジリ甲斐のある“素材”を引用されることが多く、アニメや映画の“作品”のような10分間丸ごと使うようなコンテンツは小数だったと思う。このあたりを加味して独断で3分ということにした。
そしてYoutubeのエンコードビットレートは、ほぼ300Kbpsで処理されており、これをbyteに直すと
(300Kbit÷8)×60秒=2.25MB/分となり、
3分間のデータ容量は6.75MBとなる。
これにニコニコ動画の1ヶ月間の1億PVのうち、ほとんどが動画の試聴に使われたと仮定すると
6.75×100,000,000=675,000,000MB=675,000GBとなる。
CDN事業者はGBあたりの転送量単価で価格を決めるのが一般的。LimelightはCDN事業者の中でも安くて有名な会社だが業界における金額感といくら、Limelightが安く、YoutubeのスケールメリットがあるにしてもGBあたり10円台は下回らないだろうという憶測で700万円以上とした。ニコニコ動画単独であればもっと上の金額になるだろうし、倍以上の金額であっても驚かない。
これらの数字は推測に過ぎないがそう大きく外れてはいないと思う。

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営業って重要だ

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  • 2007年2月15日 8:19 PM
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このところのWeb業界は優秀なエンジニアについての話題が非常に多い。だが、それ以上に営業の重要性は高いと思うのだけど、何となく軽視されている気がする。
まあ、最近の優秀とされるエンジニアはコミュニケーション能力が高く営業の役割自体を担えてしまう人もおり、「営業なんて最小限でよい」と公言する会社もあったりする。
しかし、全てのエンジニアがそういった能力を持ち合わせているわけではない。ネットで効率的に集客ができるようになったとはいえ、やはりファーストアプローチから導入に至るまでの一連の営業活動は非常に重要だと思う。
Web系のサービスは元々、理解しにくいものであるに加えて、最近は商品をそのまま納品できるといったものはなく、何らかの調整やカスタマイズが少なからず発生する。
こうした状況の中、ファーストアプローチの段階は非常に重要で、このプロセスの成功如何で受注率は大きく変わる。
しかしながら、新しい業界であるということもあるが、初回でユーザーのニーズを捉えてうまく説明ができる営業マンがいかに少ないことか。
持っているサービスは良いのに導入から運用などの“その後”を考えると「この営業マンじゃ、心もとないな」とその場であきらめてしまうことが多いのだ。本当にもったいない。
Webで集客が効率化されているけど人への教育は必ずしもそうではないようだ。自戒も含めてこの辺は見直していかなければいけないな。
思えば歴史の短いWeb業界では、少なからず営業を重視した会社が大きな成功を収めている。一連の2.0騒ぎで技術を持ったベンチャーが注目されるけど、こういう会社こそ、優秀な営業マンを持つと著しい成長を遂げると思うのだけど。
最終的にはサービスの良さが大きな判断基準になるには違いないが営業の見直しって即効性があるのではないか?
自分自身が営業をやっていることもあるが、それにも増して最近は営業を受ける機会が多くなった。特にこの数日は5回ほど営業を受けている。
多くはもったいないなと思ってしまうことが多かった。
自身とチームメンバーも営業内容を見直していかなくてはと思った次第。

納豆騒動に筒井康隆「イチゴの日」を垣間見る

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  • 2007年1月23日 7:51 PM
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この類の事件が最近多いね。
例のボクシング八百長やらK1のぬるぬる事件とか。
その度に筒井康隆の作品を思い出す。特に短編の“イチゴの日”は今回の事件と瓜二つ。こちらは絶世の美少女であるアイドル歌手を生まれたときからテレビ局が国民総ぐるみで騙していたと言う内容。
そのテレビ局のスタッフが権謀術数を張り巡らせている様は非常に面白い。以下がそのやり取りの一部。

「テレビにはそれだけの力があるってことだよな。いや。これは自己満足じゃないぜ。自己満足なんかしてちゃいかんのだ。むしろ我々にその自覚が足りないんじゃないの。テレビにはそれだけの力があるという自覚がさ。」

「その娘に向かって『お前は○○だ』と誰にもいえなくする力がテレビにはあると思うんですよね。誰が見たって人間とは思えない○○を美人だ美人だと持ち上げているわけだから、これに逆らうことはマスコミに反逆することになります。もし『お前は○○だ』などというやつがいようものなら、人権問題として糾弾できるわけでしょう」
「そう。別段、皆が心の底で『あの娘は○○だ』と思っていてもかまわないんだ。そう言えなくする状況を作り上げてしまいさえすればいいわけだろ。これはできるぜ。」

○○の中にどんな語句が入るかは想像がつくだろうが興味があれば是非、購読をお勧めする。薬菜飯店という文庫本に掲載されている。
最近はこのシーンを思い出すことが多い。10年ほど前に読んだときは完全に虚構の中の話であって現実にこんなことがあるなどと考えることすらしなかったが、現状は妙なリアリティを感じずにはいられない。今回、事件の現場は納期やスポンサーの意向など抗い難い事情があって一線を超えたと信じたいが、一点、「テレビにはそれをさせてしまう力がある」という考えはあったのではないか?
そう。テレビには紛れもなくその力がある。この番組の放送で日本中の納豆の在庫を数日で枯渇させてしまうほどの。
テレビ放送が始まって50余年。その力に驕りを持つのは当然のことかもしれない。
しかし一般人のメディアリテラシーというものがインターネットにより上がっているみたいな話があるけど、そんな話は本当に一部にすぎないのだなあ。むしろ日本人が与えられた情報を簡単に鵜呑みにしてしまう情報操作、扇動をしやすい民族であることが証明されてしまった。
そして、思うにテレビを作る側もメディアリテラシーと呼ぶものはここ10年、20年もあまり変化がないのでは?
たまたまテレビ製作の現場に近い人の話を聞いたところ「あんなんで大騒ぎになるの?」といった意見も多いとのこと。まあ、現場の総意ということでもなかろうし、たまたま出た話かもしれないが情報を送る側のリテラシーも現状に対応させていかなければいけないと感じてしまった。それはテレビだけではなくネットで情報配信できる個人にも当てはまるんだよね。mixi内でのトラブルももっと増えるだろうな。
それにしても筒井康隆ってすごい。こういうマスコミに対して毒づくような、おちょくるような作品が多いが読み直すと現代版にリメイクしても充分通用する内容。
ここ最近、彼の作品がアニメや映画になっているけど、『イチゴの日』なんかも映像化したらきっと面白いだろうな。毒がありすぎて無理かもしれないけど。

薬菜飯店
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